梅沢道治(読み)ウメザワ ミチハル

20世紀日本人名事典 「梅沢道治」の解説

梅沢 道治
ウメザワ ミチハル

明治・大正期の陸軍中将



生年
嘉永6年10月4日(1853年)

没年
大正13(1924)年1月10日

出身地
宮城県

経歴
陸奥仙台藩士・道真の二男に生まれる。明治2年箱館戦争で旧幕府軍に属し流罪となる。釈放後、大阪青年社に入り、5年陸軍少尉。日清戦争に歩兵第23聯隊大隊長として従軍日露戦争に近衛後備混成旅団長として出征沙河会戦で梅沢支隊の名を高める。44年中将、第6師団長となった。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「梅沢道治」の解説

梅沢道治 うめざわ-みちはる

1853-1924 明治-大正時代軍人
嘉永(かえい)6年10月4日生まれ。陸奥(むつ)仙台藩士の子。明治2年箱館で旧幕府軍に属してたたかい流罪となる。釈放後の5年陸軍少尉。日露戦争に近衛後備混成旅団長として出征。沙河(さか)の会戦では梅沢支隊の名をたかめた。44年中将,第六師団長となる。大正13年1月10日死去。72歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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