日本歴史地名大系 「梅須賀村」の解説 梅須賀村めすがむら 愛知県:稲沢市梅須賀村[現在地名]稲沢市梅須賀町東は大塚(おおつか)村・北島(きたじま)村に接し、村の北境を三宅(みやけ)川、東を大江(おおえ)川が流れ、南境を八神(やがみ)街道が通る。中央に本郷があり、西(にし)ノ切(きり)・中ノ切・東ノ切に分れ、村の北は地が低いが、北東へいくほど地が高くなり水損はなかった(寛政村絵図、徇行記)。弘安五年(一二八二)浄金剛(じようこんごう)院領としての千世氏荘坪付注進状案(醍醐寺文書)に「中嶋郡南条三宅郷小棒里九坪四反」とあるのは当村の上棒田(かみぼうだ)・下棒田に比定される(稲沢市史)。天正末に織田信雄が幅三間の道路築造を命じた判物(酒井家文書)に「梅すか」とみえる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報