梶原淵町(読み)かじわらふちまち

日本歴史地名大系 「梶原淵町」の解説

梶原淵町
かじわらふちまち

[現在地名]高岡市大町おおまち

千木屋せんぎや町の中ほどから北に延びる両側町で、地元ではカンジャマチとよばれた。北はふくろ町・立横たつちよこ町に続く。当地の宗玄そうげん坂に木戸があった(不歩記)本町で、町名千保せんぼ川が当地辺りで深い淵をなし(高岡町図之弁)、梶原源太の子孫五郎平という者が河岸に移住したことによるという。時割は二時一歩七厘、地子地六八五歩九厘(不歩記)。明治六年(一八七三)には役地・地子地を含め三千二三六坪二合(沽券調総計帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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