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梶定良 かじ さだよし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

梶定良 かじ-さだよし

1612-1698 江戸時代前期の武士。
慶長17年生まれ。幕臣梶氏の養子。3代将軍徳川家光につかえる。家光の死後,4代将軍家綱の命で日光におもむき,家光の廟堂(びょうどう)をまもった。元禄(げんろく)11年5月14日死去。87歳。本姓は菅沼。

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世界大百科事典内の梶定良の言及

【日光東照宮】より

…日光一山は1613年(慶長18)天海が貫主となり,死後公海が門跡となり,54年からは輪王寺宮門跡が総括した。神領支配は目代(もくだい)山口氏が,日光守護は梶定良が担当したが,定良没後幕府は1700年日光奉行を新置し,91年山口氏は処罰され,日光奉行の権限は強化された。 明治維新後は神仏分離により東照宮,輪王寺二荒山(ふたらさん)神社に分離独立し,東照宮は別格官幣社に列せられたが,堂塔のうち薬師堂(本地堂),鐘楼,鼓楼,五重塔などはそのままおかれた。…

【日光奉行】より

…幕府は1648年(慶安1)ごろより目付を1人在勤させ,日光東照宮の警備と山中の監察に当てた。3代将軍徳川家光の没後,その遺臣梶定良が大猷院(家光)廟定番(じようばん)となり,ともに日光山を管轄したが,のち目付在勤制を廃し,日光奉行を創設した。老中支配,定員2名,役高2000石,役料500俵。…

※「梶定良」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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