梶野行篤(読み)かじの ゆきあつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「梶野行篤」の解説

梶野行篤 かじの-ゆきあつ

1833-1905 明治時代華族
天保(てんぽう)4年10月12日生まれ。権(ごんの)中納言石井行弘(いわい-ゆきひろ)の次男。奈良興福寺無量寿院の住職となる。慶応4年(1868)還俗(げんぞく)し,梶野氏を名のった。明治17年男爵。明治38年4月21日死去。73歳。京都出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む