森迫村(読み)もりさこむら

日本歴史地名大系 「森迫村」の解説

森迫村
もりさこむら

[現在地名]三重町井迫いさこ 森迫

浅水あそうず村の南、大辻おおつじ(二四九・四メートル)の東麓にあり、南方又井またい川が北東流する。大辻山上の文禄五年(一五九六)八月一八日造立の八面碑の銘に「三重郷下村森迫名」とみえる。近世を通じ臼杵藩領。慶長二年(一五九七)の三重郷検地帳写(渡辺家文書)には森迫村分が徳嶺(徳瀬)(現野津町)と一括された一冊が含まれ、村位は上。同一一年の惣御高頭御帳では高二八八石余、下ノ村組に属した。正保二年(一六四五)の稲葉能登守知行高付帳によれば田方九三石余・畑方一九六石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

部分連合

与野党が協議して、政策ごとに野党が特定の法案成立などで協力すること。パーシャル連合。[補説]閣僚は出さないが与党としてふるまう閣外協力より、与党への協力度は低い。...

部分連合の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android