朝日日本歴史人物事典「植村政勝」の解説
植村政勝
生年:元禄8(1695)
江戸中期の本草学者。通称は佐平次,号は新甫。和歌山藩領伊勢国飯高郡大津杉村(三重県松阪市)の郷士・植村政恭の子。宝永7(1710)年和歌山藩御庭方,享保1(1716)年江戸幕府将軍職となる徳川吉宗に随行し,江戸で奥御庭方となり庭の手入れと警固,情報収集の任に当たる。享保5年開設の幕府駒場薬園を監理。全国各地に隠密の用務を兼ね採薬すること86回を超え,その記録を『諸州採薬記』として残した。同書は本草学者の採薬記と異なり民情の記事が多く興味深い。宝暦4(1754)年辞職し小普請役,明和1(1764)年隠居。本草の師は阿部将翁。<参考文献>松島博『本草家植村政勝と森野薬園の研究』,木村陽二郎『江戸期のナチュラリスト』
(木村陽二郎)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報