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阿部将翁 アベショウオウ

デジタル大辞泉の解説

あべ‐しょうおう〔‐シヤウヲウ〕【阿部将翁】

[?~1753]江戸中期の本草学者。盛岡の人。通称、友之進。幕命により、全国の薬草を調査。主著「採薬使記」。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

阿部将翁 あべ-しょうおう

?-1753 江戸時代前期-中期の本草家。
延宝のころ大坂への途中台風にあい清(しん)(中国)に漂着,その地で医術,本草学をまなんだという。帰国後幕府の採薬使として全国を踏査した。宝暦3年1月26日死去。没年齢には88歳,104歳などの説がある。陸奥(むつ)盛岡出身。名は照任(輝任)。字(あざな)は伯重。通称は友之進。別号に将翁軒,丹山。著作に「採薬使記」「御薬草御用勤書覚」など。

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大辞林 第三版の解説

あべしょうおう【阿部将翁】

1650~1753) 江戸中期の本草家。盛岡の人。幕命で全国に採薬。実地に植物を採集観察する学風と物産学の基礎を築く。著「本草綱目類考」「採薬使記」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

阿部将翁
あべしょうおう
(?―1753)

江戸中期の本草学者。名は友之進。盛岡の人。大坂に行く途中難破して中国福建省に漂着、杭州(こうしゅう)に18年在留して医学と本草を学び帰国。1722年(享保7)幕府の募集に応じ採薬使となる。門人植村佐平次政勝(まさかつ)(1695―1777)とともに関東甲信越、奥羽、蝦夷(えぞ)各地をくまなく採薬調査し、多くの有用植物、鉱物の実地研究を行った。幕府の駒場(こまば)薬園で各種薬草栽培に従事、とくにチョウセンニンジンの国産化に成功し薬価の軽減に貢献する。古典考究を主とする本草学派を批判し、「採薬」を眼目とする本草学の一派を確立した。『採薬使記』ほかの著書がある。高弟の田村藍水(らんすい)、遠藤元理(生没年不詳)が師の遺業を発展させた。異才平賀源内は田村藍水の弟子である。[根本曽代子]

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世界大百科事典内の阿部将翁の言及

【田村藍水】より

…江戸の生れ。15歳で医学を学び,本草を阿部将翁(?‐1753)に学ぶ。早くからチョウセンニンジンに関心をもち,1737年(元文2)幕府から種子を下付され,栽培を試みる。…

※「阿部将翁」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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