椎倉村(読み)しぐらむら

日本歴史地名大系 「椎倉村」の解説

椎倉村
しぐらむら

[現在地名]高富町椎倉

鳥羽とば川支流の椎倉川が村内を西流し、集落は山麓に点在し、水田は椎倉川流域に広がる。西は伊佐美いさみ村、南は東深瀬ひがしふかせ村。大円寺寄進証文集(慈明院文書)のうち、文明一四年(一四八二)一二月七日の寄進状によれば、永井豊前守清元が慈明じみよう院に寄進した寺領のなかに「参段者、在坪、椎蔵、壱石八斗代」とみえる。当時は椎蔵と書き、永井氏の勢力下にあった。また別の寄進状には「シイクラ」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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