楊生城跡(読み)ようじようあと

日本歴史地名大系 「楊生城跡」の解説

楊生城跡
ようじようあと

[現在地名]一関市弥栄 寺町・沼畑

北上川西岸に延びる丘陵上にあり、宝(たから)館ともよばれる。古城と新城からなり、国道二八四号を挟んで西側寺町(てらまち)に楊生古城、東側沼畑(ぬまばた)に楊生新城がある。両城とも約二〇〇メートルの範囲に収まる囲郭式の城。古城は東へ延びた丘陵の突出部にあり、高さ約五〇メートルの雑木林となっている山頂に東西三〇メートル・南北八〇メートルの平場があり、ここが本丸跡と推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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