楊貴妃墓(読み)ようきひぼ

世界の観光地名がわかる事典 「楊貴妃墓」の解説

ようきひぼ【楊貴妃墓】

中国の陜西(せんせい)省西安(せいあん)(シーアン)市の興平県馬嵬坡(ばかいは)にある、唐の第7代皇帝玄宗に寵愛された楊貴妃の墓。楊貴妃は玄宗の息子の妃だったが、皇帝の目に止まって貴妃となった(貴妃は皇后に次ぐ地位)。皇帝は楊貴妃の親戚政務を任せ、国政を放棄してしまったことから政治は腐敗し、755年に安史の乱が勃発して、2人は安禄山により長安を追われた。蜀に逃れる途中、玄宗はこの地で楊貴妃を縊死(いし)させたといわれる。

出典 講談社世界の観光地名がわかる事典について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む