楊貴妃(読み)ようきひ

精選版 日本国語大辞典「楊貴妃」の解説

よう‐きひ ヤウ‥【楊貴妃】

[1]
[一] 中国玄宗皇帝。玄宗の皇子、寿王瑁(まい)の妃であったが、玄宗にみいだされ女道士になり、ついで貴妃となった。舞や音楽にすぐれ、また、聰明であったので玄宗の寵愛一身に集めた。後、安祿山の乱の際殺された。白居易の「長恨歌(ちょうごんか)」をはじめ、詩や小説に多く描かれている。(七一九‐七五六
[二] 謡曲。三番目物。各流。金春禅竹作といわれる。白居易の「長恨歌」による。馬嵬(ばかい)ケ原で殺された楊貴妃を忘れかねている玄宗皇は、方士に楊貴妃の魂魄のありかを探すように命じる。方士は天上から黄泉(よみ)の国まで尋ね歩き、常世(とこよ)の国の蓬莱宮に至って太真殿にいることを知る。楊貴妃は形見として玉の釵(かんざし)を与え、方士の求めで七夕の夜玄宗と交わした比翼連理の契りのことばをうち明け、帰ろうとする方士に霓裳羽衣(げいしょううい)の曲を舞ってみせる。方士が釵を携えて帰ると、貴妃は宮殿の中で悲しみにくれる。
[2] 〘名〙
※多聞院日記‐天正六年(1578)三月朔日「槻坂やうきひと云垣構植之処、開了」
② 梅の一品種。
※俳諧・そらつぶて(1649)春「楊貴妃といふ梅花を見て やうきひの梅にてしりぬわらひかほ」
③ 香木の名。分類は伽羅(きゃら)。香味は甘苦鹹辛。六十一種名香の一つ。〔名香合(1502)〕

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「楊貴妃」の解説

楊貴妃
ようきひ
Yang gui-fei; Yang kuei-fei

[生]開元7(719)
[]至徳1(756).馬嵬坡
中国,皇妃。蒲州永楽山西省芮城県)の人。幼名は玉環。初め玄宗の皇子,寿王瑁(ぼう)の妃であったが,のち玄宗に召され,天宝4(745)年貴妃(皇后に次ぐ夫人に与えられる称号)となった。玄宗のを一身に受け,楊国忠をはじめ一族みな高官に上り,権勢をほしいままにしたため恨まれ,安禄山の乱(→安史の乱)で玄宗とともに四川に逃亡する途中,馬嵬坡(陝西省興平県)で兵士の強要により,玄宗から自害を命じられた。その艶麗さ,玄宗との交情栄枯の激しさなど,同時代からすでに文学作品の題材となることが多く,白居易の『長恨歌』,陳鴻の『長恨歌伝』をはじめ,詩歌,戯曲,小説,随筆に数えきれないほど描かれた。

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デジタル大辞泉「楊貴妃」の解説

よう‐きひ〔ヤウ‐〕【楊貴妃】

[719~756]《「貴妃」は女官の位の名》中国、唐の玄宗皇帝の妃。永楽(山西省)の人。初め玄宗の子寿王の妃。歌舞音曲に通じ、また聡明であったため、玄宗に召されて貴妃となり、寵を一身に集め、楊一族も登用され権勢を誇った。安禄山の乱で長安を逃れる途中、官兵に殺された。白居易の「長恨歌」をはじめ、多くの文学作品の題材となった。
謡曲。三番目物金春禅竹作。玄宗皇帝の命を受けた方士ほうしが、亡き楊貴妃の霊を仙界蓬莱宮ほうらいきゅうで尋ねあてると、楊貴妃の霊はかつての玄宗との愛などを語る。

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旺文社世界史事典 三訂版「楊貴妃」の解説

楊貴妃
ようきひ

719〜756
唐の皇帝玄宗の妃
はじめ玄宗の第18子の妃となるが,のち玄宗の宮中に召され,貴妃の称号を授けられる。玄宗の寵愛を一身に集め,一族はみな高位にのぼり,またいとこの楊国忠 (ようこくちゆう) は宰相として権力をふるった。楊国忠にうとまれた安禄山が乱を起こすと,貴妃は帝とともに (しよく) (四川地方)に逃れようとしたが,途中で軍隊反抗にあい,縊死 (いし) させられた。白居易の『長恨歌 (ちようごんか) 』は,この悲劇の美女をうたったもの。

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百科事典マイペディア「楊貴妃」の解説

楊貴妃【ようきひ】

唐の玄宗の愛妃。初め玄宗の子寿王の妃となったが745年玄宗に召し出され宮中に入る。寵愛(ちょうあい)を一身に受け,楊氏一門はみな高位に列した。ために国政は乱れ,安禄山の反乱を招いた。四川へのがれる途中,馬嵬(ばかい)でくびり殺された。白居易の《長恨歌(ちょうごんか)》はその悲劇を描く。
→関連項目安史の乱クレオパトラ長生殿杜甫驪山レイシ(茘枝)

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飲み物がわかる辞典「楊貴妃」の解説

ようきひ【楊貴妃】


カクテルの一種。桂花陳酒(キンモクセイの花を白ワインに漬けたリキュール)、ライチリキュール、グレープフルーツジュース、ブルーキュラソーをシェークし、カクテルグラスに注ぐ。ショートドリンク。◇名称は、中国の楊貴妃(唐の時代の皇妃)がライチを好んだという逸話にちなむ。

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動植物名よみかた辞典 普及版「楊貴妃」の解説

楊貴妃 (ヨウキヒ)

学名Prunus lannesiana
植物。バラ科の落葉小高木

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世界大百科事典 第2版「楊貴妃」の解説

ようきひ【楊貴妃 Yáng guì fēi】

719‐756
中国,唐の玄宗の妃。名は玉環。永楽(山西省芮城県)出身の蜀州司戸楊玄琰(ようげんえん)の末子として蜀に生まれ,父に死別し叔父楊玄(ようげんきよう)の養女となった。735年(開元23),玄宗の第18皇子寿王瑁の妃に迎えられたが,夫の母武恵妃の死後,玄宗の求めで女冠となり太真の号を授かり,4年後正式に後宮に入り翌年貴妃となった。宮中では娘子の愛称で親しまれ玄宗の寵を一身に集めたのは白楽天が《長恨歌》にうたうとおりであり,皇后と同じ扱いを受けた。

ようきひ【楊貴妃】

能の曲名。三番目物。鬘物(かつらもの)。金春禅竹(こんぱるぜんちく)作ともいう。シテは楊貴妃の霊。唐の玄宗皇帝に仕える方士(ほうじ)(道教呪術師ワキ)は,勅命を受けて今は亡き楊貴妃の霊魂の行方を尋ね,蓬萊宮(ほうらいきゆう)に赴いて,楊貴妃の霊(シテ)と会うことができた。方士は,貴妃没後の皇帝の嘆きを伝え,ここに来た証拠に,帝と貴妃が交わした言葉を教えてほしいと頼む。貴妃は,七夕の夜に比翼の鳥,連理の枝となろうと2人で誓いあったという話をする。

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世界大百科事典内の楊貴妃の言及

【貴妃酔酒】より

…中国の京劇の演目。唐の玄宗皇帝より,百花亭で酒宴を開くことを命ぜられた楊貴妃は,用意万端ととのえて待っていたが,皇帝は急に梅妃のいる西宮に行く先を変えられたと知らせが入る。心の懊悩もだしがたく,側に仕える高力士と裴(はい)力士を相手に酒を飲み,飲むほどに酔うほどに胸の愁いは深まるばかり,覚えず大酔する。…

【玄宗】より

…その最強のものが平廬,范陽,河東の3節度使を兼ねた安禄山である。 だが玄宗はしだいに意欲を失い武恵妃さらに実子寿王の妃楊玉環(楊貴妃)を溺愛し,政治を顧みなくなり,管絃,宴遊にうつつをぬかすありさまであった。李林甫が死に,貴妃の縁につながる楊国忠が実権を握ると,不仲の安禄山は755年(天宝14)11月,君側の奸楊国忠を除くと称して兵を挙げ(安史の乱)洛陽をおとして帝位につき,さらに兵を派して長安に迫った。…

【長恨歌】より

…806年(元和1)に成ったもので,七言で120句の長編物語詩の体裁をもつ。唐代極盛期の玄宗皇帝と楊貴妃の愛の生活をテーマとする。出会い,結ばれてから,安禄山の乱,楊貴妃の死,その後の帝の心境などを,おおむね史実に即しつつ,想像による脚色をも加え,小説的構成の中で華麗に描く。…

【レイシ(茘枝)】より

…〈ライチー〉ともいう(イラスト)。中国では楊貴妃のために人馬が8昼夜かけて華南より直送されたというほど珍重された亜熱帯の果物。中国料理のデザート用。…

※「楊貴妃」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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