楠平尾村(読み)くすびらおむら

日本歴史地名大系 「楠平尾村」の解説

楠平尾村
くすびらおむら

[現在地名]亀山市楠平尾町

亀山城の南西にあたる。安知本(あちもと)村の西に続く山間部にあり、中(なか)ノ川に沿う。中世は関谷(せきだに)二四郷の一に数えられ(九九五集)、近世は奄芸(あんげ)郡に入る。元和元年(一六一五)亀山藩領が幕府領(四日市代官預地)と津藩領に分れてからの所属は不明。寛永一三年(一六三六)に確定した亀山城付八六ヵ村のなかにはみえない。近隣の諸村とともに津藩に属していたと思われ、寛文九年(一六六九)以後は久居藩領となった(宗国史)。諸役その他は明らかでないが、元禄年間(一六八八―一七〇四)に大助郷の制が実施されると、東海道関(せき)宿の助郷村に加えられ、享保一〇年(一七二五)以後は坂下(さかのした)宿(現鈴鹿郡関町)に出役した(亀山地方郷土史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む