楡俣村(読み)にれまたむら

日本歴史地名大系 「楡俣村」の解説

楡俣村
にれまたむら

[現在地名]輪之内町楡俣

長良川右岸に位置し、南は大藪おおやぶ村。楡俣は楡畑の転語で、「延喜式」に美濃の貢物として「楡皮」がみえ、楡の木の多い地とされる。北部の十連坊じゆうれんぼう西条にしじようは当村の枝村(新撰美濃志)。中世には楡俣郷と称し、天正一〇年(一五八二)一〇月二一日には「にれ又之郷」の闕所二五〇貫余の地が田中真吉に宛行われている(「織田信孝宛行状」黄薇古簡集)。同一六年一二月一二日の豊臣秀吉から与えられた市橋長勝領知目録(内閣文庫蔵)に「百五拾貫文 半分 (ぬ)れ又郷」「弐拾貫文 西松江西条村」とあるが、当地と枝村西条のことであろうか。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

冬に 4日間暖かい日が続くと 3日間寒い日が続き,また暖かい日が訪れるというように,7日の周期で寒暖が繰り返されることをいう。朝鮮半島や中国北東部の冬に典型的な気象現象で,日本でもみられる。冬のシベリ...

三寒四温の用語解説を読む