極楽寺ヒビキ遺跡(読み)ごくらくじひびきいせき

日本歴史地名大系 「極楽寺ヒビキ遺跡」の解説

極楽寺ヒビキ遺跡
ごくらくじひびきいせき

[現在地名]御所市極楽寺

葛城かつらぎ山から東に派生する扇状地に築かれた建物群で、北と南に深い谷をもった要害の地に位置している。平成一六年(二〇〇四)に橿原考古学研究所によって発掘調査が行われ、古墳時代の建物二棟、塀と判断されている柵列四条、濠などが検出された。そのうち建物一は大型の四面廂付建物で、身舎部は二間×二間(八・五メートル×八メートル)、四面に五間×五間(一二・五メートル×一三・五メートル)の廂を付けている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む