標茶村(読み)しべちやむら

日本歴史地名大系 「標茶村」の解説

標茶村
しべちやむら

昭和四年(一九二九)から同二五年まで存続した川上(かわかみ)郡の村。昭和四年八月、二級町村熊牛(くまうし)村が改称して成立。昭和四年八月には国鉄釧網(せんもう)線塘路(とうろ)駅前市街地と中久著呂(なかくちよろ)を結ぶ二〇・六キロに殖民軌道久著呂線が開通、同八年九月には上久著呂までの八・三キロが延長された(昭和四〇年廃止)。昭和七年には標茶市街地と標津(しべつ)郡計根別(けねべつ)市街地(現中標津町)を結ぶ三八・九キロの殖民軌道標茶線(昭和一一年一〇月廃止)、昭和八年一一月には虹別(にじべつ)と国鉄釧網線弟子屈(てしかが)駅(現弟子屈町)を結ぶ二二キロの殖民軌道弟子屈線(昭和一三年虹別―仁多山間廃止)が開通するなど(北海道の鉄道)、同一四年までに総延長一一四キロに及ぶ軌道六線(標茶線・久著呂線・弟子屈線・阿歴内線・チャンベツ線・虹別線)が完成した(標茶町史)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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