権正寺村(読み)ごんしようじむら

日本歴史地名大系 「権正寺村」の解説

権正寺村
ごんしようじむら

[現在地名]砺波市権正寺

八十歩はちじゆうぶ村の南、庄川右岸にある。村名は中世当地に本願寺五世綽如の開いた厳照ごんしよう寺があったことに由来する。天正一三年(一五八五)一一月の大地震に伴う庄川東遷により、当時は小流にすぎなかった中田なかだ(現庄川筋)水流の大半が流入、当地の西側が流失したと推測される。厳照寺も寺屋敷を洪水で失って当地に移り、その後正保四年(一六四七)芹谷野せりだにの段丘上に移転して再建された。その際の嘆願書(厳照寺文書)に「私先祖之寺屋敷は般若野之内福岡与申所ニ而御座候得共、右之福岡庄川ニ罷成申候故」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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