権田原三軒家町(読み)ごんだわらさんげんやちよう

日本歴史地名大系 「権田原三軒家町」の解説

権田原三軒家町
ごんだわらさんげんやちよう

[現在地名]港区元赤坂(もとあかさか)二丁目、新宿区南元町(みなみもとまち)

紀州徳川家邸地の西方、青山の北東の外れにあたり四谷に接する拝領町屋。片側町で、東・西と道を隔てた南とも御先手組大縄地など、北が元鮫河橋南(もとさめがはしみなみ)町(現新宿区)。町名の冠称には権田丈之助の屋敷跡という伝えがあるが、年代不明(文政町方書上)。権太氏組屋敷跡・権田市右衛門屋敷・権太左衛門国行旧跡・権太隼人没収地・権太小三郎没収地などといわれる(「江戸惣鹿子」「再校江戸砂子」「改選江戸志」など)。前掲書上によると、拝領の地主は初め二ノ丸小人衆と伝える。元和九年(一六二三)に雉子(きじ)橋御門外の屋敷が御用地に召上げられ、正保元年(一六四四)に替地として当地へ移り、元禄九年(一六九六)町屋敷を願って許可、町奉行支配となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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