権田沼新田(読み)ごんだぬましんでん

日本歴史地名大系 「権田沼新田」の解説

権田沼新田
ごんだぬましんでん

[現在地名]飯岡町権田沼新田

三川さんがわ村の北西部、同村に囲まれた村域をなしており、権田沼(現在は水田)がある。元文期(一七三六―四一)の開発とするが(「由緒覚」林家文書)、寛政八年(一七九六)以後のものとみられる権田沼一人百姓之記抜書(石田家文書)によれば、江戸深川ふかがわの町人土屋源左衛門・乙馬半左衛門が三川村の本地三郎兵衛門にとりいって開発を始め、寛延元年(一七四八)に成功、翌年新田検地が実施され、田七町九反余・畑四町一反余、高五六石余を打出した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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