横倉新田
よこくらしんでん
[現在地名]小山市横倉新田
横倉村の西にあり、西は雨ヶ谷村。幕府の享保改革の一環として開発され、延享二年(一七四五)検地が施行された。天明六年(一七八六)の願書(阿久津治一文書)などによれば、元文五年(一七四〇)に開発を命じられ、本村横倉村などの百姓八〇軒が鍬を入れ、高二〇七石、九八町五反余を開いた。この取永は一五貫余。しかし本村の田畑耕作や小山宿の助郷役に人手を取られ、村方は困窮するばかりで潰百姓ができ、天明六年当時は三〇軒に減少していたという。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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