日本歴史地名大系 「横山新田」の解説 横山新田よこやましんでん 大阪府:大東市横山新田[現在地名]大東市三住(みすみ)町・浜(はま)町・曙(あけぼの)町深野(ふこの)池干拓により生れた新田で、三箇(さんが)村下野(しもの)と氷野(ひの)村・赤井(あかい)村の間にあり、深野池と吉田(よした)川をつなぐ細長い池床と堤敷であった。干拓後は寝屋川沿岸となった。宝永二年(一七〇五)横山新左衛門が開墾に着手し、同五年に検地を受け、その姓をもって新田名とした。讃良(さらら)郡に所属。領主の変遷は尼ヶ崎(あまがさき)新田に同じ。村高は元文二年(一七三七)の河内国高帳で三六石余。反別三町二反余。寛政元年(一七八九)の御尋書上帳(西恩智家文書)に「水旱難遁悪場所」とあり、平常は水量が乏しく、降雨があれば直ちに溢水することを示している。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by