20世紀日本人名事典 「樺島礼吉」の解説 樺島 礼吉カバシマ レイキチ 明治・大正期の実業家 帝国電灯社長。 生年明治9年4月22日(1876年) 没年大正14(1925)年3月17日 出生地福岡県久留米 学歴〔年〕東京帝大工科〔明治35年〕卒 経歴儒者・樺島石梁の子孫の家に生まれる。明治35年大学を卒業後、郷里・福岡県久留米に樺島商会を創立して電気機械器具の製造販売に従事した。37年清(中国)政府に招かれて南京総督府工業顧問となり江南高等実業学堂総教授を兼任。43年帰国しエルゼー・ヒーリング商会東京出張所技師となる。大正2年のち帝国電燈常務となり功績を挙げ、のち帝国瓦斯電気社長のほか、諸会社の重役として活躍した。昭和10年青山禄郎により「樺島礼吉君伝」が出版された。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報 Sponserd by
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「樺島礼吉」の解説 樺島礼吉 かばしま-れいきち 1876-1925 明治-大正時代の実業家。明治9年4月22日生まれ。37年清(しん)(中国)政府にまねかれて南京総督府工業顧問兼江南高等実業学堂総教授となる。帰国後,エルゼー・ヒーリング商会東京出張所技師。のち帝国電灯常務,社長となった。大正14年3月17日死去。50歳。福岡県出身。東京帝大卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by
367日誕生日大事典 「樺島礼吉」の解説 樺島 礼吉 (かばしま れいきち) 生年月日:1876年4月22日明治時代;大正時代の実業家。帝国電灯社長1925年没 出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報 Sponserd by