橋柄村(読み)はしがらむら

日本歴史地名大系 「橋柄村」の解説

橋柄村
はしがらむら

[現在地名]榛原町勝俣かつまた

下庄内しもしようない村の南西に位置し、牧之原まきのはら台地谷間に立地する。文禄二年検地高目録に「橋から村」とみえ、高一七〇石余。正保郷帳では田方一六六石余・畑方三石余、幕府領、ほかに山神領四斗余がある。元禄郷帳では高一八三石余。村高は幕末までほぼ変わらない。国立史料館本元禄郷帳では駿河田中藩領。宝永七年(一七一〇)相良藩領となるが(正徳二年本多忠晴領知目録、享保二年本多忠通領知目録)、延享三年(一七四六)掛川藩領になったと推定され、幕末まで同藩領(旧高旧領取調帳など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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