橘町一丁目(読み)たちばなちよういつちようめ

日本歴史地名大系 「橘町一丁目」の解説

橘町一丁目
たちばなちよういつちようめ

[現在地名]中央区東日本橋ひがしにほんばし三丁目

堀留ほりどめ町から東に向かう堀留通沿いの両側町で、浜町はまちよう堀に架かる千鳥ちどり橋の東に位置する。北は通塩とおりしお町、南は久松町に接し、西は浜町堀に面する。元和七年(一六二一)西本願寺(現本願寺築地別院)が創建されると当町一帯は門前町ないし寺内町となった。寛永江戸図には「本願寺御堂」の門前辺り、浜町堀沿いに「町や」とあり、明暦大火直前の明暦三年(一六五七)新添江戸之図では「寺内」「町」とある。立花を売る店が多かったため立花たちばな町と称され、のち橘町と改められたという(東京府志料)。一丁目に接する浜町堀沿いの河岸地をたけ河岸と称した(新修日本橋区史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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