櫟北庄(読み)いちいきたのしよう

日本歴史地名大系 「櫟北庄」の解説

櫟北庄
いちいきたのしよう

永観二年(九八四)と考えられる湛照僧都分付帳(東大寺要録)雑役免田のうちに「櫟北庄六町七段」とある。東大寺雑役免田である。その所在等に関しては康和五年(一一〇三)の櫟北荘稲吉名負田坪付(尊経閣蔵文書)

<資料は省略されています>

とみえる。これは公田内の稲吉名(負田)の坪付であるが、同負田に東大寺雑役免田が設定されたものであることをうかがわせる。この坪付によると、同免田の所在は現櫟本町(西部)と大和郡山市石川いしかわ(南部)に比定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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