歌坂(読み)うたさか

日本歴史地名大系 「歌坂」の解説

歌坂
うたさか

津奈木から水俣(みなまた)へ向かう薩摩街道にある坂で、峠からの眺望はよいが三太郎峠に次ぐ難所といわれた。天正一五年(一五八七)島津攻めのためここを通過した豊臣秀吉に、相良氏の老臣深水宗方(入道休甫)が「草も木もなひき従ふ五月雨に君か恵みは高麗百済まて」の歌を献じたことから、歌坂と称するようになったと伝える(国誌)。肥後国中寺社御家人名附には「上り三丁四十間程、下り四丁廿四間ほと、但津奈木太郎坂より是迄四十三丁余、赤松壱里塚迄九町余」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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