正木庄(読み)まさきのしよう

日本歴史地名大系 「正木庄」の解説

正木庄
まさきのしよう

吉志部(きしべ)に所在した実相(じつそう)院(現京都市左京区)領の庄園。建武三年(一三三六)九月三日に光厳院より実相院増覚に安堵された寺領中にみえ、それ以前から実相院領として成立していたことがわかる(同日「光厳院院宣案」実相院文書)。その所在については文明一一年(一四七九)九月三日の細川管領家奉行人奉書(同文書)に「実相院御門跡領摂津国岸辺村内正木庄」とあり、寛正二年(一四六一)一二月二六日の中島崇禅寺領目録(崇禅寺文書)の倉殿(くらどの)名一色方田数に「羅渓田壱段」の四至を記して「南片山方下地 北正木領」とみえ、南で片山(かたやま)と接する地域に散在地があることから現在の岸部北(きしべきた)町を中心に散在していたと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む