コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

武田簡吾 たけだ かんご

2件 の用語解説(武田簡吾の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

武田簡吾 たけだ-かんご

?-? 江戸時代後期の医師。
駿河(するが)(静岡県)沼津の人。嘉永(かえい)7年(1854)11月4日伊豆(いず)下田で津波によって大破したロシア使節プチャーチンの乗船ディアナ号にあったイギリス製の世界地図を模刻翻訳し,安政5年「輿地(よち)航海図」として刊行した。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

武田簡吾

没年:安政6(1859)
生年:生年不詳
江戸後期の蘭方医,地図訳者。前半生は不詳。沼津藩(沼津市)水野家に仕えた。安政1(1854)年11月4日伊豆下田港来泊中のロシア軍艦ディアナ号が地震津波で大破の際,浸水した艦内の海図補修を依頼された沼津藩の命によりこれを訳解した。「英人庸普爾地」(J.ベルチャー)著ゆえ,英文の凡例などを訳すのに蘭学の知識では苦労した。杉田成卿婿養子となった実兄廉卿の縁で叔父に当たる杉田玄端の校閲を受け,安政5年『輿地航海図』として刊行した。当時最新の精詳図(原図は1845年刊)の翻訳なので需要が多く,簡吾はのちに獄死したが,幕末・明治初期に重版や増補版が出ておおいに活用された。当時の日露国境明示でも注目の図であった。<参考文献>斎藤敏夫「日本の近代海図を育成した忘れられぬ人々について」(『地図』25巻4号)

(石山洋)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

武田簡吾の関連キーワード新宮涼庭後半生前半生五十嵐又碩小森宗二斎藤方策杉田恭卿杉山帰一三谷泰作

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone