殖月郷(読み)うえつきごう

日本歴史地名大系 「殖月郷」の解説

殖月郷
うえつきごう

和名抄」高山寺本に「殖月」、東急本は「埴月」、刊本は「墻月」につくる。高山寺本に「宇倍津岐」の訓がある。吉野よしの川の支流たき川中流右岸の低丘陵地帯を中心とする地域と考えられ、現勝田郡勝央しようおう植月東うえつきひがし植月中うえつきなか植月北うえつききた付近一帯に比定される。植月北の丘陵上にある念仏塚ねんぶつづか遺跡から弥生時代中期の銅鐸が出土した。総高約三〇センチ、外縁付鈕式で表面には袈裟襷文が飾られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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