気佐藤村(読み)けさとうむら

日本歴史地名大系 「気佐藤村」の解説

気佐藤村
けさとうむら

[現在地名]南部町気佐藤

山内やまうち村の南東にあり、ふる川を挟んで上村下村に分れる。東は南道みなみどう村、北東北道きたどう村で、これら諸村は人家が相接する。中世には高野山領南部庄の一部であった。慶長検地高目録には「袈裟藤村」とあり、村高三四二石余。宝暦一〇年(一七六〇)の南部組大指出帳(「日高近世史料」所収)によれば田畑二五町余で高三四二石余、家数三七で内訳庄屋・肝煎各一、御役家八、無役家二七、人数二九二、馬二、牛九、池二、井堰四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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