水吉村(読み)みずよしむら

日本歴史地名大系 「水吉村」の解説

水吉村
みずよしむら

[現在地名]三和村水吉

鴨井(かもい)村の南、法花寺(ほつけじ)村の東の山沿いにあり、牧(まき)道の入口にあたる。文禄(一五九二―九六)頃の頸城郡絵図には飯田(いいだ)川沿い法花寺村上流の村として描かれる。建武四年(一三三七)四月日の市河助房代嶋田助朝軍忠状(市河文書)に「頸城郡内水科・水吉」とあり、南朝方の池・風間両氏と、信濃国の高梨経頼らが同月一六日水科(みずしな)・水吉で戦った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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