日本歴史地名大系 「水居村」の解説
水居村
みずいむら
[現在地名]三国町水居
三国湊の東方で、
慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図では「十楽方坪江下郷之内」に属した。貞享三年(一六八六)福井藩領から幕府領となり、元禄一〇年(一六九七)から葛野藩領、その後再び幕府領となったが、文政元年(一八一八)から同三年までの一時期福井藩領になっている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
三国湊の東方で、
慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図では「十楽方坪江下郷之内」に属した。貞享三年(一六八六)福井藩領から幕府領となり、元禄一〇年(一六九七)から葛野藩領、その後再び幕府領となったが、文政元年(一八一八)から同三年までの一時期福井藩領になっている。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...