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水走氏 みずはやうじ

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世界大百科事典 第2版の解説

みずはやうじ【水走氏】

河内の中世武士。《水走系図》では河内国の豪族平岡連の後胤とし藤原姓を名のっている。12世紀初め祖始季忠が皇室領大江御厨山本・河俣執当職に補され,12世紀中ごろ河内郡水走の地を開発し水走氏を称した。御厨の現地管理者として供御を貢進したと思われるが,源平争乱期に源義経に従い御家人となり,勢力も若江郡,茨田(まんだ)郡に広げた。その所職の代表的なものとして御厨執当職のほか,国衙の所職に河内郡以南惣長者職,四ヶ郷郷務,国衙図師などがあり在庁の一員であったと思われる。

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All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の水走氏の言及

【大江御厨】より

…御厨領は川筋にそってひろがり,山本(八尾市),水走・河俣(東大阪市)あたりから,摂津の河口にまで及んでいた。 御厨領の要所には執当(しつとう)と呼ばれる現地荘官が置かれ,12世紀の初め,在地領主藤原氏(水走(みずはや)氏)が,大江御厨山本・河俣執当職に任じられたが,水走氏の祖と仰がれる藤原季忠は,1144年(天養1)ごろ,御厨内の河内郡有福名水走の地を開発して,これを本領とした。その子康忠は源平内乱のとき,源義経の軍勢の兵士兵粮米役を課せられ,所領支配を脅かされたので,義経にその免除を申請して鎌倉御家人となった。…

【河内国】より

…荘園制の解体が進む中で,当国にも国人領主制の展開がみられた。水走(みずはや)氏は河内郡水走(現,東大阪市)を本貫とする土豪で,平安~室町時代を通じて生駒山麓にあり,大江御厨(みくりや)の執当の地位を利用して多数の下人労働力を投下し,深野池東岸を開発した。誉田(ほんだ)氏は応神陵墓地近辺(現,羽曳野市)の出で,南北朝末の畠山氏の河内入部直後に守護の有力被管となり,一族は在京して畠山氏の奉行人を務め,1455年(康正1)畠山義就が山城守護となるや,誉田祥栄は守護代に任ぜられている。…

※「水走氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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