永堀町(読み)ながほりちよう

日本歴史地名大系 「永堀町」の解説

永堀町
ながほりちよう

[現在地名]江東区福住(ふくずみ)二丁目

仙台(せんだい)堀南岸に沿う町屋。元木場(もときば)二一ヵ町の一で、深川永堀(ふかがわながほり)町とも称した。北は仙台堀を挟んで伊勢崎(いせざき)町、西は同堀枝川を挟んで今川(いまがわ)町、南は東永代(ひがしえいたい)町および海辺大工(うみべだいく)町代地町、東は同堀枝川を挟んで万年(まんねん)町一丁目。文政町方書上によれば町内総間数は京間で東西間口・裏幅とも六一間余、南北は裏行一八間余、一千一八〇坪余。家数一五、うち家持二・家主六・店借七。河岸地が仙台堀に二ヵ所あり、付近には火の見櫓と自身番屋があった。火の見櫓は享保八年(一七二三)に建てられ、維持管理は当町をはじめ材木(ざいもく)町・東永代町・西永代町など周辺三二ヵ町入用で賄われている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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