永江村(読み)ながえむら

日本歴史地名大系 「永江村」の解説

永江村
ながえむら

[現在地名]豊田村大字永江

斑尾(まだらお)山(一三八一メートル)東南山麓斑尾川流域の小盆地に立地。標高四三三メートル。北岸の北永江、南岸の南永江を本村とし、山手に親川(おやがわ)・梨久保(なしくぼ)・涌井(わくい)・郷露(ごうろ)・足俣(あしまた)(現美沢(みさわ))、谷筋道替佐(かえさ)峠に三俣(みつまた)の集落がある。また月夜岳(つきよたけ)・熊坂(くまさか)・出水(いずれ)の集落跡がある。

原初の東山道支道が通過し、谷筋道の三ッ屋(みつや)で分岐し現上水内郡柏原(かしわばら)に至る道と、永江で分岐し同郡赤塩(あかしお)・倉井(くらい)を経て北国脇往還に通じる道が通り、古来より交通の要衝。

明徳三年(一三九二)三月付の高梨朝高言上状案(高梨文書)に「水内郡芋川庄三村長井郷庶子」等が高梨備前入道の知行分として初見。応永七年(一四〇〇)五月二七日付の小笠原長秀より市河義房への宛行状(市河文書)には「水内郡若槻新庄加佐郷庶子分除飯岡・長江・ 名立知行分事」とあり、加佐郷に属している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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