信濃(しなの)国飯山城(長野県飯山市)を居城に奥信濃を領有した小藩。上杉景勝(かげかつ)の会津移封により1598年(慶長3)豊臣(とよとみ)大名関一政(せきかずまさ)(3万石)が入ったのが初め。森忠政、松平忠輝(ただてる)の支城時代を経て1610年堀直寄(なおより)(4万石)が入封し、千曲(ちくま)川治水、城下町整備などを進め、藩支配の基礎固めをした。これを受けて藩政を確立したのは、1616年(元和2)入封の佐久間氏3代(3万石)を挟んで、1639年(寛永16)に入った松平(桜井)忠倶(ただとも)(4万石)で、孫忠喬(ただたか)とも2代68年間に領内総検地、貢租(こうそ)と百姓身分の整序、野田喜左衛門を起用した用水開削などを行った。以後1706年(宝永3)永井直敬(なおひろ)(3万3000石)、1711年(正徳1)青山幸侶(よしとも)(4万8000石)、1717年(享保2)本多助芳(すけよし)(2万石)が次々と入封、松平氏の藩政を踏襲した。本多氏は康明(やすあきら)、助有(すけもち)、助盈(すけみつ)、助受(すけつぐ)、助賢(すけとし)、助実(すけざね)、助成(すけしげ)、助寵(すけたか)と在封して廃藩に及んだ。1871年(明治4)飯山県から長野県に統合された。
[古川貞雄]
『田中修一編『飯山町誌』(1955・飯山市公民館)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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