江口城跡(読み)えぐちじようあと

日本歴史地名大系 「江口城跡」の解説

江口城跡
えぐちじようあと

淀川の北岸、現在の東淀川区南江口みなみえぐち町付近にあった城。室町幕府の管領細川晴元から離反した三好長慶は、天文一七年(一五四八)秋から摂津国の各地で晴元方の三好政長・政勝父子の軍勢を次々と撃破していった。翌一八年六月一七日、三好政長は兵三千騎を率いてその居城榎並えなみ(現城東区)を出て江口に陣し、近江の六角氏の来援を待ちつつ、長慶の軍勢を迎撃する態勢をとった(細川両家記・足利季世記)。このとき、政長が城郭を構えて拠ったのが当江口城である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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