江川新田(読み)えがわしんでん

日本歴史地名大系 「江川新田」の解説

江川新田
えがわしんでん

[現在地名]吉見町江和井えわい

大和屋やまとや新田の南に位置し、南は新井あらい新田。六ヵ新田の一で、大里郡江川村(現熊谷市)の新兵衛なる者が開墾、新田名もこのことに由来するという(「風土記稿」など)元禄郷帳では高一七〇石余、国立史料館本元禄郷帳では幕府領、以降同領で幕末に至ったと思われる(「郡村誌」など)。「風土記稿」によると家数二六、村内すべて陸田、鎮守は稲荷社、地内に薬師堂がある。


江川新田
えがわしんでん

[現在地名]岩槻市岩槻

本宿ほんじゆく村の東に位置する。元荒川右岸の沖積平野を開発した新田で、城下付属(宿付)の新田の一。延宝八年(一六八〇)の御改人数寄目録(吉田家文書)にみえ、人数一四。元禄郷帳にもみえるが、無高。宝永六年(一七〇九)の岩槻各町宗門人別惣高(勝田家文書)によると人数二三。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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