コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

沈惟岳 しん いがく

2件 の用語解説(沈惟岳の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

沈惟岳 しん-いがく

?-? 唐(とう)(中国)の官吏。
遣唐使藤原清河(きよかわ)をむかえに唐にわたった高元度(こう-げんど)をおくって,天平宝字(てんぴょうほうじ)5年(761)大宰府(だざいふ)に来着。唐の動乱のため帰国せず,宝亀(ほうき)11年従五位下にのぼり,清海宿禰(きよみのすくね)の氏姓をあたえられた。のち美作権掾(みまさかのごんのじょう)。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

沈惟岳

生年:生没年不詳
奈良時代の唐の人で,のち日本に帰化。天平宝字5(761)年遣唐大使藤原清河を迎えるため唐に遣わされた高元度ら一行を日本に送る使の押水手官(船長)として来日した。そのときの官位は越州浦陽府折衝(折衝は府の武官)賞紫金魚袋であった。同7年1月唐の動乱が激しく帰国し難いことによって,大宰府(太宰府市)でかれらを安置優遇すべきとの勅が下り,やがて沈惟岳以下来日した全員が日本に帰化した。特に沈惟岳は宝亀11(780)年11月に正六位上から従五位下に叙せられ,翌月清海宿禰を与えられて左京に編付された。のち延暦8(789)年3月に美作権掾に任じられたことが知られるが,以後の消息は不明。

(橋本義則)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

沈惟岳の関連キーワード天平尺奈良時代通観天平神護粟田人上栄叡吾税児志斐公麻呂李元環良敏

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone