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宝亀 ホウキ

デジタル大辞泉の解説

ほうき【宝亀】

奈良時代、光仁天皇の時の年号。770年10月1日~781年1月1日。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

大辞林 第三版の解説

ほうき【宝亀】

年号(770.10.1~781.1.1)。神護景雲の後、天応の前。光仁天皇の代。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本の元号がわかる事典の解説

ほうき【宝亀】

日本の元号(年号)。奈良時代の770年から781年まで、光仁(こうにん)天皇の代の元号。前元号は神護景雲(じんごけいうん)。次元号は天応(てんおう)。770年(神護景雲4)10月1日改元。光仁天皇の即位に際して肥後国から白亀が献上され、これを瑞祥として改元が行われた(代始、祥瑞改元)。『爾雅(じが)』を出典とする命名。770年(神護景雲4)に崩御した称徳(しょうとく)天皇には後継者はなく、また天武(てんむ)天皇の嫡流も途絶えたため、天智(てんじ)天皇の孫にあたる白壁(しらかべ)王(光仁天皇)が藤原氏に擁立されて62歳で即位した(歴代最高齢での即位)。772年(宝亀3)に天皇を呪詛したかどで皇后・皇太子が廃されるという事件が起き、光仁は山部(やまべ)親王(後の桓武(かんむ)天皇)を皇太子とした。780年(宝亀11)、陸奥国で伊治呰麻呂(いじのあざまろ)の乱(宝亀の乱)と呼ばれる蝦夷(えみし)の反乱が起こった。

出典 講談社日本の元号がわかる事典について 情報

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