コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

高元度 こう げんど

3件 の用語解説(高元度の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

高元度 こう-げんど

?-? 奈良時代の官吏。
天平宝字(てんぴょうほうじ)3年(759)遣唐使藤原清河(きよかわ)をむかえる使節として唐(とう)(中国)にわたる。清河は皇帝粛宗(しゅくそう)の命により唐にとどめられ,5年元度らだけが甲冑(かっちゅう),槍などをさずけられて帰国。のち三河守(かみ),左平準令を歴任した。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

高元度

生年:生没年不詳
奈良時代の官人。天平勝宝4(752)年遣唐使として唐に渡ったまま帰国できなくなっていた藤原清河を迎えに行くために,天平宝字3(759)年1月迎入唐大使に任命された。2月帰国する高麗(渤海)国使楊承慶 らと共に渤海経由で唐へ行こうとした。10月,藤原清河を迎えに行く使の判官内蔵全成が渤海国から帰国,同時に来日した渤海国使がもたらした中台(日本でいえば中務省)の文書によれば,安史の乱(755~763)により,唐国内の治安が不安なため,一行99人のうち,高元度ら11人だけが唐に赴き全成らは帰国させるとのことであった。5年8月,高元度一行は帰国。その報告によれば,渤海道をとって賀正使楊方慶 らと共に唐に入り,兵器の見本として甲冑や刀,槍,矢などを与えられたが,未だ道中が不安であるとして,勅によって清河の帰国は止められ,高元度らだけが南路をとって帰ってきたという。帰国の際,武器の不足に悩む唐の皇帝から,弓を作るための牛角を求められたため,10月に東海,東山,北陸,山陰,山陽,南海の6道諸国から牛角7800隻を集めて唐に贈った。同11月,外従五位下から従五位下に昇進,渡唐の労を賞したものであろう。さらに三河守を経て,7年7月左平準署 の長官に転任した。

(清田善樹)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

こうげんど【高元度】

奈良時代の官僚。生没年不詳。高句麗あるいは百済出身の渡来人の子孫か。759年(天平宝字3)遣唐使藤原清河を迎える使となり,渤海使楊承慶の送使を兼ねて,渤海をへて入唐した。761年帰国に当たり兵仗の見本,甲冑,伐刀,槍,矢などを授かったが,唐帝玄宗の勅により清河らはとどまり,元度らのみが蘇州から南路をとり,唐使沈惟岳らに送られて大宰府に着いた。帰国後,参河守,左平準令などを歴任した。【鈴木 靖民】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

高元度の関連キーワード天平勝宝赤染佐弥万呂大伴黒麻呂鴨小鮒巨勢古麻呂高麗広山善心尼多治比鷹主多治比家主藤原児従

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone