沓掛王子跡(読み)くつかけおうじあと

日本歴史地名大系 「沓掛王子跡」の解説

沓掛王子跡
くつかけおうじあと

[現在地名]日高町原谷 新出

原谷はらだに新出しんで王子谷おうじだににあった熊野九十九王子の一。「後鳥羽院熊野御幸記」建仁元年(一二〇一)一〇月一〇日条に「超此山参沓カケ王子、過シヽノせ椎原樹陰湿路甚狭、於此辺有昼養御所云々」とある。後世には鍵掛かぎかけ王子ともよばれた。「続風土記」が「鍵掛王子 山口にあり、境内に弁財天社・長床あり」と記し、この記述によって従来、字被喜びきを王子跡とし、石碑が建てられていた。しかし御幸記にみえる後鳥羽院昼養の御所跡とされる字御所谷ごしよだにが、被喜よりも北東にあり、「御幸記」の記述にみえる進路とあわない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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