沢簡徳(読み)サワ カントク

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「沢簡徳」の解説

沢 簡徳
サワ カントク


肩書
貴院議員(勅選)

生年月日
天保9年9月(1838年)

経歴
文久2年講武所頭取から目付となり、3年生麦事件の償金支払問題に連座。明治維新後徴士刑法官判事試補、3年刑部大丞、7年若松県令、8年五等判事兼任、9年五等判事。10年東京第4区大区長、11年神田区長、24年勅選貴院議員となった。

没年月日
明治36年10月

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「沢簡徳」の解説

沢簡徳 さわ-かんとく

1830-1903 幕末-明治時代の武士,官僚。
文政13年9月5日生まれ。幕臣。講武所頭取,目付をへて文久3年(1863)外国奉行となる。維新後,刑法官判事試補,若松県令などをつとめ,明治24年貴族院議員。明治36年10月12日死去。74歳。名は幸良。通称は勘七郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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