河和田河内村(読み)かわだこうちむら

日本歴史地名大系 「河和田河内村」の解説

河和田河内村
かわだこうちむら

[現在地名]鯖江市上河内かみこうち

折立おりたて峠に源を発する河和田川上流の谷あい南の山麓にあり、河内村の南東に位置する。「越前国名蹟考」によれば「是より東南に向て山を越、服部谷より越道に出て、池田郷清水谷村へ入」とある。正保郷帳に村名がみえ、田方七三石余・畠方二七六石余。初め福井藩領、貞享三年(一六八六)幕府領、享保五年(一七二〇)鯖江藩領となる。同六年の庄境組三三ケ村明細帳(市橋家蔵)によれば、上田一町九反余・中田一町四反余・下田一町六反余・下々田三反余、上畑一町二反余・中畑二町五反余・下畑三町二反余・下々畑六町二反余、ほかに上屋鋪八反余・中屋鋪九反余・下屋敷四反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む