河増村(読み)こうますむら

日本歴史地名大系 「河増村」の解説

河増村
こうますむら

[現在地名]福井市河増町

今泉いまいずみ村の南方あら(吉野川)の北側、曲流部の後背湿地にあるため深田が多く、もとは桶田おけた村と称した。現在も低湿地を意味する泓割ふけわり牛泓うしふけなどの字名が残る。

文明六年(一四七四)五月二五日付の朝倉孝景宛足利義政感状(「朝倉家記」所収)に「去十六日、於越前国殿下・桶田口合戦之時」とみえる。慶長一一年(一六〇六)頃の越前国絵図では北庄上きたのしようかみ之郷に含まれるが、正保郷帳では桶田村とみえ、田方四八九石余・畠方二五四石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む