河崎保(読み)かわさきほ

日本歴史地名大系 「河崎保」の解説

河崎保
かわさきほ

吉野川とその支流祖谷いや川の合流点、国見くにみ山の北斜面から東斜面にかけての地域と推定される。池田川崎かわさきのほか、鳴門市大麻おおあさ川崎に比定する説があるが、興国五年(一三四四)二月七日の阿波国国宣(熊野座神社文書)の宛所が「池田掃部左衛門尉」であることから、池田町説をとる。興国五年の阿波国国宣に「阿波国河崎保」とあり、南朝方が池田掃部左衛門尉に当保を宛行っている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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