河浦村(読み)かわうらむら

日本歴史地名大系 「河浦村」の解説

河浦村
かわうらむら

[現在地名]珠洲市川浦町(かわうらまち)

狼煙(のろし)村の西にある浦方の村で、外浦街道が通る。戦国後期頃の能登内浦村々給人注文写(諸橋文書)に「川」とあり、長氏の庶流長十郎の知行地であった。当地等覚(とうがく)寺の寛永元年(一六二四)下付の木仏裏書に「川浦村等覚寺」とみえる。同一六年の高屋組人別帳(高谷文書)では高持百姓一二軒のうち七人家族一軒、六人は四軒、五人は三軒、四人は二軒などとなっているが、内訳に誤記がみられる。正保郷帳では高六八石余、田二町九反余・畑一町六反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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