河良村(読み)かわらむら

日本歴史地名大系 「河良村」の解説

河良村
かわらむら

[現在地名]武雄市武雄町富岡とみおか川良かわら

標高二三五メートルのかしわ岳の南麓。正保絵図に村名がみえる。明治一六年(一八八三)の杵島郡各村字調帳には「川良」とある。

平安時代は長島ながしま庄に属し、蓮華王れんげおう院領、鎌倉時代は橘薩摩氏の所領であった。室町時代には塚崎つかざき庄が成立してこれに所属し、塚崎城主後藤氏の領地となった。南北朝の時、北朝方の少弐頼澄、今川仲秋の連合軍が柏岳に陣をしき、南朝方の塚崎後藤氏と肥後の菊池氏の連合軍が対峙して激戦を展開し、戦場となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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