河西清義(読み)かさい せいぎ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「河西清義」の解説

河西清義 かさい-せいぎ

?-? 江戸後期-明治時代和算家
天元術(代数学)をまなび,のち江戸で長谷川寛(ひろし)に師事郷里信濃(しなの)(長野県)諏訪にかえり,天三学校をひらいた。安政4年(1857)「算法日新録」をあらわす。字(あざな)は路公。通称は富右衛門。号は旭湖。著作はほかに「算法早割旭の雪」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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