コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

長谷川寛 はせがわ ひろし

4件 の用語解説(長谷川寛の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

長谷川寛 はせがわ-ひろし

1782-1839* 江戸時代後期の和算家。
天明2年生まれ。日下誠(くさか-まこと)にまなぶ。長谷川数学道場をひらき,弟子の名で数学書を多数刊行。とくに千葉胤秀(たねひで)の「算法新書」は著名。図形の性質をしらべる変形術,極形術という方法を創始した。天保(てんぽう)9年11月20日死去。57歳。江戸出身。通称は藤次郎,善左衛門。号は西磻(せいばん),極翁。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

長谷川寛

没年:天保9.11.20(1839.1.5)
生年:天明2(1782)
江戸後期の和算家。日下誠に師事。子弟の教育に優れ,多くの門弟を得て関流のなかにありながら独立した「長谷川派」を形成した。その塾を「長谷川道場」と名付けて,明治初期まで盛況を誇った。寛は教育だけでなく数学自体にも独創性を発揮した。複雑な図形を簡単な図形に変形してからその一般的な関係式を探る「極形術」は数学的には不完全で議論の方法が強引だが,在来の知識に頼らずに全く新しい発想であった点が十分評価できよう。明治初期まで教科書として広く用いられた千葉胤秀『算法新書』(1830)や『算法地方大成』(1837)は,弟子の名前で出した長谷川の著書である。没後,弟子で養子でもあった弘が道場を継いだ。他に著名な弟子に越後(新潟県)の佐藤解記がいる。<参考文献>日本学士院編『明治前日本数学史』5巻,道脇義正編『幕末の偉大なる数学者』

(佐藤賢一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

はせがわひろし【長谷川寛】

1782‐1838(天明2‐天保9)
江戸末期の数学者。初め藤次郎,後に善左衛門という。号は西磻,晩年は極翁という。塾を長谷川数学道場と名付け,内田五観の瑪得瑪弟加塾とともに,幕末の二大数学塾となった。弟子も多く,刊行された数学書も多数ある。子がなく,弟子の佐藤秋三郎篤信を養子とする。これが2代長谷川善左衛門弘(1810‐87)である。塾から出版された数学書の中で,《算法新書》(千葉胤秀編,1830),《大全塵劫記》(山本賀前編,1832),《算法地方大成》(秋田義一編,1837)はとくに有名で,なかでも《算法新書》は初歩から専門の分野に至る数学の集大成で,明治中期まで何回も改版され広く読まれた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

長谷川寛
はせがわひろし
(1782―1838)

江戸後期の数学者。通称は善左衛門、初め藤次郎という。号は西(せいばん)、晩年に極翁という。数学を関流の日下誠(くさかまこと)に学ぶ。子がなく、弟子の佐藤秋三郎篤信(とくしん)を養子とした。養子は善左衛門弘(ぜんざえもんひろむ)と称し、親子二代にわたり多くの弟子を育てた。塾を長谷川数学道場といい、多くの数学書がこの道場から出版されている。なかでも千葉胤秀(たねひで)の『算法新書』(1830)は、幕末から明治まで長く広く使用され、名著として評判が高かった。長谷川寛の創始した変形術と極形術は、福田廷臣(ていしん)の『算法変形指南』(1820)、秋田義一の『算法極形指南』(1836)に述べられている。これらは、ある図形をある条件のもとで変形しても、その図形特有の関係式が不変であることを利用する方法で、複雑な関係式が簡単になる場合が多いことを示している。[下平和夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の長谷川寛の言及

【和算】より


[幕末の和算]
 安島直円の弟子日下(くさか)誠(1764‐1839)は,多くの数学者を育てた。和田寧(1787‐1840),長谷川寛(1782‐1838),内田五観(1805‐82)らである。和田は数多くの定積分表を作製し,それを弟子に与えた。…

※「長谷川寛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

長谷川寛の関連キーワード日下誠和算家植松是勝大原利明河西清義栗山悳一柴野美啓清水豊明白石長忠村井伊兵衛

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

長谷川寛の関連情報